破壊と再生@アカデミア編

アカデミア@細胞生物学を活用したい

勉強と学問の違いをざっくりと

生物学の基礎 (1)

 

生物学を理解するために、初めの一歩目は「学問とは何か」を最初に考えて見ましょう。物事を考える上で一番大切なことは、良い回答をするのではなく「良質な問いを立てること」と言われています。ということで、以下の問いから初めてみましょう。

 

問い

高校の科目「生物」と大学の科目「生物学」の違いはなんでしょう?

 

大学では友人と過去問を駆使してテストを一夜漬けでなんとか乗り切った!などはよく聞く話であり実際に体験したことがある方も多いのではないかと思います。高校まではあんなに一生懸命に勉強していた人が、大学へ入学後急に目標を失ったように勉強をしなくなる、そんな状況があるかもしれません(A)。

 

なぜ勉強が難しくなったのか、それは「勉強」が難しくなったわけではなく、高校から大学に進学すると「勉強」から「学問」への構造に変化するからだと言えるでしょう。些細な変化に捉えられがちで、意識にも登らないかもしれませんが、高校の科目で例えば「生物」を学ぶと思いますが大学では「生物学」と呼ばれます。この「〇〇学」とは学問を示しており、高校の科目(勉強)とは全く別の構造体系を持ちます。

 

では、何が違うのか具体的に見て見ましょう。

勉強の最終目標は教育によって支えられており「特定の領域の知識を身に付けること」を目標にしています。一方で学問は「勉強で身につけた知識を生かし学問領域を広げていくこと」を目標にしています。換言すれば、勉強はそれ自体で完結していますが、学問は無限に広がる性格を持っています。違いは明白であり、高校から大学への勉強の遷移で面食らってしまい上述(A)のエピソードにつながると言えます。

 

なぜなら、大学からは自ら疑問を持って学問に望まなければならないからです。日本人はこの能力が著しく弱いと感じますが、今後AIが台頭する世の中で生き残るのに必要な能力につながると考えられます。以下に例をあげて見ましょう

 

彼は、textbook knowledgeはあるんだけど、学問はできないよね。

 

海外の友人の批判でよく聞くフレーズです。この例が示すように、残念ながら「勉強」で得られることは単なる知識であり、その上に学問を築いて行かなければなりません。この領域を広げていく行為が学問であり教育とは一線を画します。そのため、大学・大学院が教育機関と見誤り教育してくれないと(課題を与えてもらえない)と勘違いし絶望する学生もあとを絶ちません。ここら辺は高校でも教育していただきたいと考えています。中途半端に勉強ができても今後は知のコモディティ化が加速しますから、テストで点数が取れても将来活躍しづらくなる世の中に変化していくと感じます。そのため、大学は今後ますます重要な人類文化創造の拠点と言えるでしょう。

 

話が逸れましたが、 問いの回答を示して見ましょう。

 

答え

(知識を使い) 生物の謎を解き明かし続けること

 

これが、学問としての最終目標であり研究者冥利に繋がります。この答えは大切な事実を指し示します。それは研究者は実験をしている人を指す訳ではなく学問を広げている人を指すということです。そして、大学での教育は学問を広げられる人を創出することにあると考えます。すなわち、生物学ひいては学問全般は思考そのものなのです

 

もしサイエンティスト(科学者)になりたいならにはこの違いを身を以て経験し、自分が自分の言葉で理解することが必要になります。そして、一番のカンフル剤は勉強をするのが好きなことに加え、知的好奇心が強く、身近な「なぜ?」に正面から立ち向かうことが好きな人が向いています。もちろん、テストの点数が取れることは前提として必要になります。

 

補足

では、数学の言葉で書いて見ましょう

 

学問  = 知識 + 先端研究

勉強  = 知識

 

スッキリです笑

なんでも式にしてみると面白いですね。では先端研究がどう行われているのか

次回から考えて生きたいと思います。